第6章 幻想の狭間で


幻影の少女

恵比寿ガーデンの次は、品川ホテルへ向かう。結界が張られているので、渋谷方面には進めない(ちなみに初台の端末情報では、LIGHT属性の結界なのだそうだ)。それに、渋谷方面は遭遇する悪魔も手強い。比較的出現する悪魔が少ない、なんて情報もあったような気がするが、全然そんなことはない。コンディションが悪いときにうろつき回るのは危険だ。ただ、強力な天使が出現してくれるので、仲魔集めは楽だが。

かつてはいくつかのホテルが並んでいたこの地も、今や往事の面影をとどめているのはこのプリンスホテルただひとつとなっている。大破壊時の爆風によるダメージは免れなかったものの、人が住めないほどではないようだった。ホテル群の中では爆心地から最も遠かったからかもしれない。

とはいえ、中に人間がいるという保証はない。悪魔の巣窟になっている可能性も高い。とくに霊体系悪魔の有無は、外からでは判別のしようがないのだ。慎重にホテルに足を踏み入れる。鬼が出るか蛇が出るか……いや、何も出ないようだ。悪魔が徘徊している様子は皆無。ANSにも反応はない。品川はアシラトの支配下だと聞いていたが、ここは支配圏外なのか。

レセプションに行ってみる。すると、そこにはタキシード姿のウサギがいた。いや、すらりと伸びた身体はほとんど人間そのもの。顔だけがウサギなのだ。瞳には知性を持つもの特有の輝きを宿している。そのウサギが、口を開いた。「アリス様は最上階にいらっしゃいます」。

アリスといえば、カズミが探していた、平沢博士の娘の名前ではなかったか。それがこんなところに……? エレベータで一気に最上階を目指したいところだが、ここはゆっくりと階段で上っていこう。話を聞いて回りながら。なお、1Fにはセーブ用の端末もある。

あちこちの部屋にいるのは、トランプの兵士たちだ。「不思議の国のアリス」の世界そのままの姿である。彼らはアリスに護衛として使えているようだ。誰もがアリスのことを愛していて、アリスの「ひまわりのような微笑み」を見るのが何よりの楽しみという連中である。最近、王子様が現れてアリスのお気に入りらしい。完全にお伽話の世界だが、なぜこんなところにこんな場所があるのか、謎は深まるばかりだ。

最上階である9Fへ。通路沿いの部屋をあたってみると、驚いたことにカズミがいる。向こうも驚いた様子。いきさつを話してくれる。それによると、修行の旅を続けながらようやくアリスを捜し当てたまでは良かったものの、軟禁状態にされてしまったのだという。そう、トランプ兵が言っていた王子様とは、カズミのことだったのだ。

ひとりで外に出ようとすればトランプ兵に連れ戻され、アリスを連れて出ようとしても泣き出して手がつけられない。もちろん、無理矢理連れ出すことも可能だが、カズミの直感が、それはまずいと告げていた。かつてのメイと同じように、アリスの背後に、拭い去れない「死」のにおいが感じられたからだ。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。博士との約束もあるし、メイにも会いたい。カズミは、葛城に手を貸してくれと頼んできた。一緒に説得に当たってほしい、と。ほかでもないカズミの頼みだ。それに、平沢博士には恩もある。聞いてあげることにしよう。カズミがパーティーに加わる(このとき、カズミのフルネームが「山田カズミ」だと判明する)。

一番奥の部屋へ。そこは質素だが落ち着きのある整った部屋で、主の品の良さを窺わせた。アリスは、金髪で青い目をした、愛くるしい少女だった。古風な洋服と相まって、まるで人形のようだ。平沢博士の娘とはとても思えない。

アリスはカズミのことを王子様と呼ぶ。葛城たちはその王子様のお友達、ということで大事におもてなし。お茶会、と称して紅茶を飲み、お菓子を食べ、たわいもない話が続く。お茶会が終わると、またやろうね、と言われて帰される。これでは確かに埒が開かない。完全に向こうのペースだ。

何度行っても結果は同じこと。アリスは毎日毎日ずっとこんな調子で暮らしているのだ。親兄弟はいないらしい。「寂しくない?」と葛城が尋ねたとき、輝かんばかりの顔が一瞬曇った。「寂しくなんかないわ」と笑って答え、いつもの表情に戻ったが、寂しさを強引に振り払ったような印象は否めなかった。

一度出直そう。そう考えてカズミを連れて下に降り、ホテルの正面玄関へ。すると……どこからともなく声が聞こえてきた。「私の大事な王子様を連れていくなんて酷い、許せない」。その途端、葛城たちに目に見えない、ものすごい力が加わり、建物の中へ押し戻されてしまった。アリスは、悪魔に憑依されていたのか……だとすれば、徐々に魂を蝕まれ、最後には悪魔に同化されてしまうだろう。カズミは、一刻も早くアリスを助け出したい様子。自分が悪魔に憑依された経験のためか、それともメイと同じ「死」のにおいが気になるからだろうか。とにかく、ここは彼に従うしかない。

レセプションのウサギに話しかけると、アリス様を泣かせる奴は許しません、とか言って襲いかかってきた。ウサギの正体はデモノイド・三月うさぎだった。この系統のご多分に漏れず、体力はかなり高い。飛び丸を振り回し、九十九針を飛ばしてくることも。攻撃魔法で片付けよう。

この異変はやはり、ただごとではないようだ。エレベータで上へ急ごうとするが、4Fに足を踏み出した途端、落とし穴! 慌てて3Fから階段を目指すと、また落とし穴! 慎重に歩いて上っていくしかないらしい。

ホテルはその様相をガラリと変えてしまった。悪霊ラルウァイ、堕天使サブナック、樹精アルラウネや妖精マベルといった悪魔に加えて、こちらも正体はデモノイドだったトランプ兵どもが徘徊しており、葛城たちに攻撃を加えてくる。しかも、下手に部屋に入ろうものなら、アリス様を泣かせる奴は……の例のセリフとともに、トランプ兵が襲いかかってくるのだ。

最上階で悪霊ファントムを撃破して、アリスの部屋へ。アリスは、それまでに見せたことのない悲しげな瞳をしていた。「アリスの大事な宝物、取らないでよ」と葛城を詰る。「許せない!」。その瞬間、子供とは思えない力によって、葛城は部屋の外まで突き飛ばされた。相馬たちが駆け寄る。だが、幸い怪我はなかった。アリスは涙を流しながら部屋を出てくる。「王子様を連れてっちゃうなんて……絶対そんなことさせない!」。その叫びが、合図となった。

どこからともなく、護衛のトランプ兵が現れる。5連戦。そのあと、またもや三月ウサギが襲ってくる。斃すとムーンストーンを落とすようだが、このあたりはやはり芸が細かい。続いて邪龍ジャバウォークが出てくるかとも思ったが、それはなかった。

お伽の国の住人をすべて屠ると、今度はアリス自身に異変が起こる。「大人なんて大キライッ!」と叫んだかと思うと、あたりは白い光に包まれた。光が消えたあと、その場所に立っていたのは、もはや人形のような少女ではなく、妖艶な、全裸の美女であった。立っていた、という言葉は適切でなかったかもしれない。アリスは、淡い光を身に纏い、宙に浮かんでいたのだ。まるで、精霊のような姿だった。「王子様は誰にも渡さない!」。もはや絶叫であった。そして、アリスは葛城に狙いを定め、攻撃を仕掛けてきた。

デモノイド・アリスの攻撃は魔法が中心。それも、プリンパ、マリンカリン、パニックボイスなどこちらの動きを封じるものばかりだ。その割には打撃力は低く、恐れるほどの力ではない。体力はそこそこ高いが、今の葛城たちの力なら十分に対応できるはず。しかも、パーティーにはカズミもいるのだ。

斃すと、毎日楽しく誰にも邪魔されずに暮らしたかっただけなのに……と言ってアリスは消滅する(このときサファイアを落とすことがある)。次の瞬間、葛城たちは白い光に包まれ、気がつくとホテルの外に立っていた。このまま立ち去ってもよかったが、カズミは戻って結末を確かめたいという。博士に、すべてを報告するという約束になっているらしい。

アリスの部屋には、デミ・ヒューマン達の死体が転がっていた。死体に外傷はなく、埃が降り積もっていた。とっくの昔に寿命を迎え、機能を停止したのだろう。壊れて動かなくなった、機械仕掛けの人形たち。アリスは、穏やかに眠っているようにさえ見えた。

カズミは悲しげな様子でアリスの側に歩み寄ると、ひとりごとのように語りだした。アリスもまた、平沢博士が作り出したデミ・ヒューマンだった。カズミも平沢博士の口振りから、薄々そのことに気づいてはいたらしい。ホテル内の空間は、すべてアリスの思念が創り出した幻想だったのだ。

それにしても、疑問は残る。アリスは機能を停止したはずだ。すると、あの生きて動いていた少女のアリス、そして妖艶な美女のアリスは何者だったのか……。そして、アリスはなぜ、幻想の世界を作り上げたのだろうか。

ひとつ考えられるのは、悪魔の襲撃を受けてホテルでなくなった女性の霊が、活動を停止したアリスに憑依していたということだ。最上階にいたファントムもその仲間だったと考えれば、一応辻褄が合う。その霊は、きっと寂しかったのだろう。そして、感情が芽生えたアリスもまた、寂しかったのだ。だからこそ、動かなくなったはずのアリスに感応し、霊が憑依できたのではないだろうか。

「仮初めの命を、彼女は見事に舞い遂げたんだよ」。カズミはそうつぶやいた。アリスの身体を、平沢博士のもとに送り届けるという。葛城に礼を言い、静かに部屋を出ていった。葛城たちもまた、後味の悪い思いをかみしめながら、ホテルをあとにした。

ここで、お約束の余談をひとつ。上のストーリー展開では、「アリスは実はデミ・ヒューマンだった」ということを、斃したあとに知ることになっている。ところが、手元の資料を見ると、秋葉原でカズミに再会したとき、彼は「平沢博士にいなくなったデミ・ヒューマンの、アリスを捜し出し、連れ戻してくれと頼まれた」と喋っているのだ。これは明らかに矛盾である。「いなくなった娘のアリス」とでもすべきだっただろう(本書では該当個所をあらかじめ修正してある)。

喧噪の大歓楽街

この時点で、瓦礫が取り除かれ、六本木方面に向かうことができる。銀座地下街の情報では、六本木には大歓楽街があるということだった。今も昔も変わらない、ということか。だが、まずは順を追って進んでいこう。六本木には大歓楽街とは別に、居住区も存在する。そこに立ち寄るのが先だ。

六本木居住区に着いて真っ先にすべきことは、ターミナルでセーブすること。これで、いつでも他のターミナルから移動してこれる。ここも一通り施設がそろっているので、ぐるっと回ってみよう。武器屋では、ホーンオブヒーリングがおすすめ。傷薬よりもはるかに高い治癒効果がある上、対象はパーティー全員。しかも、いつでも使えて決して壊れないという優れものだ。長丁場になる対ボス戦で重宝するだろう。

防具屋ではサイバネレッグスや風切りの尾あたりがいいだろう。紅の具足や昇龍の具足などの全身鎧は、コストパフォーマンスが低すぎるので無視すべし。道具屋には反魂香があり、また、石化を治癒する岩長の化粧が目新しいが、石化すること自体まれなのでそれほど重要ではない。お金があれば、コンピュータショップでセーバーVを買っておこう。

2Fにある病院の医師は、人間ではなく妖精だ。銀座地下街と同じく、人間も悪魔も分け隔てなく治療してくれる。同じ階では魔獣オルトロスがダウンロードできる。自身の戦闘力もなかなかのものなのでそのままでも使えるが、高レベルという強味は、より強力な仲魔を作るときに発揮されるだろう。

六本木を出たら、邪教の殿堂へ行こう。各地に点在する邪教の館の総元締めだ。主は地下にいる。将来巣鴨プリズンに合体マスターなる老人が登場するわけだが、この邪教の殿堂やその主と何か関係があるのだろうか。

本来、3身合体や人間を含めた合体はこの邪教の殿堂でしかできないはずなのだが、実際はそういう風にはなっていない。他の邪教の館でも、それらの合体は可能だ。ゲームバランスを考えて仕様を変更したのかもしれない。その結果、邪教の殿堂は何ら特別の役割を持たない施設になってしまった。

それでも、上の階に合体の材料となる悪魔がいるので、少しは役に立つ。1Fには水妖アプサラスと闘鬼スパルトイ、2Fには樹精アルラウネと魔獣ケルピー、3Fには天使ダニエル、妖精トロール、龍王ナーガ、それに鬼女ラミアが徘徊している。ある研究者によれば、これらの悪魔を組み合わせると、夜魔ヴァンパイアや水妖アナーヒータ、龍王ナーガ・ラジャといった高レベルの悪魔を作り出すことが可能なのだという。

本命の大歓楽街へ向かう。六本木はイポスの勢力圏だから、この歓楽街とも何らかの関わりがあるはずだと考えられる。また、初台の端末情報によれば、歓楽街は悪魔が管理しており、売春によって収益を上げているという。バール教団の資金源でもあるようだ。

大歓楽街は、噂通りとても活気に満ちていた。むせ返るような熱気だ。ここには刹那的な快楽を満たすためのありとあらゆるものが存在している。見たこともないほど大きくて広い酒場。そして、娼婦の数がとんでもなく多い。しかも、人間よりも悪魔や悪魔人の娼婦の方が数で上回っていて、人気も高いらしい。

葛城たちも金(1,000〜1,500マッカ)を支払えば、娼婦たちからたまさかの快楽を得ることができる。ただし、取られるのは金だけではない。必ずマグネタイトを吸われるほか、場合によっては呪われたり、HPが半分になることも。また、属性が次第にCHAOS寄りに傾く。

とくに、人気のジョセフィーヌと遊ぶと一気に属性がCHAOS化する。1万マッカもふんだくられた上にこれである。快楽の代償は安くない、ということか。ただ、ジョセフィーヌはいつでも相手してくれるわけではない。月齢が影響するらしい。ちなみに、このジョセフィーヌも悪魔である。ナーギーの眷属のようだ。ナーギーは容姿端麗だとされているから、絶品と評されるのもわからないではない。

2Fには泉があり、体力を回復できる。遊び疲れた身体を、リフレッシュしてくれるわけだ。何とも至れり尽くせりである。泉にはお姉さんが2人いて、その会話はとってもユーモラス。武器を放り込んだりして、いろいろからかってあげましょう。

さて、本当に用があるのは、歓楽街の奥だ。ここの管理者は、やはりイポスだった。由宇香を喰らった悪魔のひとりである。こいつから何としても由宇香のパーツを取り返すのだ。危険だから近づかない方がいい、と警告されるが、それで引き下がる葛城たちではない。

護衛の悪魔たちがうごめくエリアに足を踏み入れる。ここでは、ANSがほとんど当てにならない。ないはずの壁があり、あるはずの壁がない。間違った道を進むと、ダメージゾーンで痛い目にあう。夜魔リリムと妖獣ヌエが出現する。

上の階に進むと、別種の悪魔たちがいる。幽鬼ヴェータラ、鬼女ラミア、降天使オロバスに幽鬼グーラーなど。転送装置を利用しないと進めない。間違うと、またトラップだらけの2Fからやり直すハメになる。3Fに上がる前に、悪魔どもを一匹残らず片付けておくべきだろう。そうすれば再度出現することがないので、やり直す場合でも少しは楽に進める。

5Fにあるもっとも広い部屋。いかにも、というこの場所に、大歓楽街を治める堕天使イポスはいる。いきなり部屋に入ってきた葛城たちを見ても、慌てた様子はない。「ガキにやられるとは我が下僕共も腰抜けが揃ったものだ」。人間ごときが自分をどうこうできるはずがないという、絶対の自信に満ちた口調だ。

イポスは、葛城の顔に見覚えがあったようだ。だが、イポスの記憶の中にある葛城は、哀れな、虫けらのような少年にすぎなかった。その少年がここに現れた意味を、つかみあぐねているようだった。何のためにやってきたのか、と訊ねてくる。もちろん、お前を斃すためだ!

イポスは、ソロモン王によって封印された72柱の魔神のひとりで、愚者の貴公子の異名を持つ。36個の軍団を率いる伯爵であり、強力な王子でもあるという。アヒル(またはガチョウ)の足に、獅子の頭、ウサギの牙ないし尾をした天使の姿で表される。未来のあらゆることを知り、人間を勇気と機転あるものに変える力を持っているという。また、物事を何でも戦闘で解決しようとし、その気分は周りにいる人をも巻き込んでしまうとされている。

マハジオンガやデカジャも操るが、どちらかといえば力押しのタイプ。剣や牙を使っての攻撃は、しっかりした装備をしていないとダメージが大きい。また、衝撃・電撃系の攻撃は無効化されてしまう。補助魔法の助けを借りて、ひたすら剣と銃で攻撃するオーソドックスな戦術が一番有効である。

イポスを斃すと、由宇香の右足が入手できる。これさえ取り戻せば、もうここに用はない。引き返そう。ちなみに、転送装置から宝箱のあるエリアへと飛べるが、あえて取りに行く必要はないと思う。

主を失った歓楽街は閑散としてしまった。娼婦たちからは、なんてことしてくれたんだ、と怒られてしまう。彼女たちにとっては割のいい商売だったらしい。金も生体マグネタイトも一挙に得られるのだから、確かにそうかもしれない。酒場もがらがら。

この展開、わかるようで実はよくわからなかったりする。イポスという後ろ盾をなくしたとはいえ、人間の欲望がなくなるわけじゃなし、一気に寂れるなんてことがあるだろうか。LAW側の勢力に潰されるということも考えにくい。渋谷の天使は動かないし、ペンタグランマも壊滅しているからだ。とすれば、大物悪魔同士の縄張り争いか。別の大物悪魔に乗り込まれて奴隷のようにされてしまうとか……。

廃墟を統べる水の王

ここから先、どう進むべきか。行けるところはだいたい行き尽くしたし、上野方面はまだ通行不能。偽典はヒントが少ないので、ここら辺で行き詰まり、暗澹たる気持ちになるかもしれない。

いくら地上を歩き回っても答えは見つからない。なぜなら、答えは地下にあるからだ。すでに、品川にある水族館の情報は得ているだろう。そして銀座地下街では、無人の電車が新橋駅から品川の方に連れて行ってくれるという話も聞ける。幽霊列車が走るのは、「真っ暗な夜」。それはきっと、月の出ない晩を指しているのだろう。そして、地下の方から聞こえてくる、大破壊前の電車が走るような音。そんな電車が走るのは、古い駅に違いない。

新月になったら、旧新橋駅へ。ニュートンの残骸を拾ったところだ。しばらくすると、ゴォーッという音とともに、ホームに列車が入って来るではないか。乗り込むと、中は無人。車掌どころか運転手さえもいないのだ。これがいわゆる幽霊列車というやつらしい。ドアの上のところに表示が出ており、どこかに向かっていることだけはわかる。

列車が停まった。駅に着いたようだ。外の掲示を見ると、品川水族館駅と読める。噂通り、品川まで運ばれてきたわけだ。だが、ドアは開かない。ふと運転席の方を振り返ると、悪魔がこちらへ迫ってきている! 悪霊レギオンと戦闘。レギオンを撃退すると、ドアが開く。

エリアごとに、亡霊たちと戦わなければならない。最初はB2Fから。悪霊たくろうび、悪霊ポルターガイスト、悪霊地縛霊、悪霊エンティティーと悪霊ばかり出てくるのは、水族館で亡くなった人々の霊が成仏し切れていないためである。核爆発の放射能にやられたか、それとも侵入してきた悪魔に喰われたのかもしれない。そして、その霊がまた別の霊を引き寄せるのだ。

B1F、悪霊レムルースと悪霊色情因縁霊が徘徊するエリアを抜け、1Fへ上がると、水族館の建物の中に入ったようだ。最初の扉をくぐると、そこにいたのは泪だった。しかし、声をかける間もなく泪は姿をくらましてしまう。

水族館の中は悪魔だらけだ。妖魔エロス、魔獣ケルピー、邪龍ジャバウォークなどはランクは中級だが、数が多いと少々やっかいになる。会話で極力戦闘を避けるのもひとつの手。いったん階段でB1Fへ下り、さらに探索。案外広い。宝箱なども少なく、先を急ぐ方が得策だ。ただし、精霊ウンディーネをインストールできる端末がある。3身合体にぜひほしい素材なので、ここだけは必ず立ち寄ろう。

正しい道を進んで階段を上ると、非常に広い部屋がANSに映っているはずだ。入ってくださいといわんばかりだ。中には、この水族館の主である降天使ヴェパルがいた。

ヴェパルの話しぶりからすると、どうやらバエルの配下ではなく、独立勢力であるらしい。だが、その居城に無断で立ち入り、眷属の者を手にかけた葛城たちを、無事に返してくれるつもりはないようだった。背後で、扉が閉じる音がした。これで逃げられなくなった。戦闘になる。

ヴェパルはソロモン王に封印された72柱の魔神のひとりで、海洋公の称号を持つ偉大にして強力な公爵である。水に住む者たちの守護神で、嵐を起こして船を沈めたり、その逆にたくさんの船を出現させたりするなど、海では万能に近い力を発揮する。また、化膿して爛れる傷を作り(破傷風であるとの説もある)、さらにその傷に蛆をわかせて人間を3日以内に殺すこともできるという。長い髪に海草をからませた人魚の姿で現れ、その鱗は銀に縁取られたエメラルドである。

アクアカッターや水の壁など水系統の特殊能力を持つが、さして強くはない。仲魔の助けもいらないほどだ。だが、一度斃したあと、ヴェパルは真の姿を現す。この姿を見せるのは葛城が初めてだそうで、何とも光栄なことだ。

変身後のヴェパルは、人魚というよりも半魚人になってしまった。鱗は硬度を増し、鉤爪は鋭くなった。能力も全体的に向上している。しかし、何よりも恐ろしいのは、ディアラハンを唱えてくる点だ。これを使われると、それまでに与えたダメージが全部ふいになってしまう。長期戦は必至。補助魔法があるかどうかで戦局はかなり変わってくるだろう。

激戦の末、ヴェパルは斃れた。しかし、周囲に変化はない。ここではこれ以上何もすることがないようだ。部屋を出て階段を下りる。

近くにある別の階段が、出口に通じる近道となる。そこへ向かおうとすると、再び泪が姿を現す。だが、様子がおかしい。その瞳の奥には、濃い影が見える。突然、謎めいた問いを投げかけてくる。「かつての恋人と私のどっちをとるの?」「私は恋人の代わり?」。どう答えてもこの時点での展開は変わらないが、あとあと影響があるかも。「私を見て、駄目、私から逃げて……」。何をそんなに苦しんでいるのか。葛城が聞き出す間もなく、泪は去っていった。

階段を上り、近道を通って出口へ。列車はまだそのままの状態で停車していた。乗り込むと再び走り出す。今度は来たのと反対の方向に進んでいる。つまり、帰っているのだ。それにしても、幽霊列車ならレギオンを斃した時点で活動を停止するはずなのだが。荒廃した地上から電力が供給されているはずもないので、自動制御という線もあり得ない。まったく未知の力で動いているのか……。

これ以後も、新月の時は品川水族館に行ける。出現するのも水妖アズミや水妖イヒカなどの水棲悪魔ばかりとなる。おそらく、ウンディーネをダウンロードするためだけにここへ足を運ぶことになるだろう。

生贄の謎

銀座地下街へ戻ってくると、バール教団支部が放棄されたとの情報が入る。実際に行ってみると、警護の兵士とロボットは相変わらずいるものの、部屋はもぬけの殻だ。支部を放棄するということは、何らかの重大な決定があったことを意味しているはず。だが、裏で何が動いているのか全く見えてこない。

この時点で上野方面にあった瓦礫の山はなくなっている。そこで、まずは秋葉原から一番近くにあるアメ屋プラザへ行ってみよう。

アメ屋プラザは居住区になっていて、悪魔の出現しない安全なエリアだ。施設も整っている。ただ、建物の構造がなかなか複雑なので、まずはどの階段が2Fのどことつながっているのかを把握する必要がある。

危険地帯と言われている上野に店を構えているだけあって、武器・防具屋ともに品揃えは一流である。一番のおすすめはデビルバッシャー。購入できる銃の中ではたぶん最強だろう。組み合わせて使うのは、SS劣化ウラン弾だろうか。もともと弾を重くするために劣化ウランを使っているはずだが、ここでは猛毒の追加効果を有する。悪魔も放射能に汚染されるのか?

防具では葛城にフォースジャケット、ニュートンに白銀の鱗を装備させるのがいい。2Fのダークゾーン奥で営業している怪しい薬屋では、格安で宝玉が入手できる。ぜひ立ち寄ろう。なお、ここの病院は悪魔は看てくれない。

住人たちの話を聞く。バール教団が人間を生贄に捧げ、血の儀式を行っているらしい。総本山が近いこともあり、みんな戦々恐々としている様子。親は子供を外で遊ばせないようにしている。怯えながら暮らすのにはうんざりという人もいる。悪魔の怖さを身近に感じているせいか、悪魔と共存しようとかいった話はないようだ。バエルを斃す英雄の出現を望んでいる。

生贄に関する情報は注意深く聞いておこう。バール教団は付近の住民をさらっているわけではない(今のところ被害は出ていないと言っている)。どこからか生贄を連れてきているのだ。それがどこなのか、というのがひとつのポイントである。

アメ屋プラザを出て北上すると、すぐにバール教総本山にたどり着く。危険ではあるが、バエルが潜伏しているという情報もある。行かないわけにはいかないだろう。

中には護衛の兵士たちが多くいる。それもタランテラやクラレといった上級兵である(余談だが、タランテラは毒蜘蛛、クラレは猛毒の名称。自分たちの力を誇示するためにそう名乗っているのだろう)。彼らとは一戦交えることになるかもしれない。道を塞いで通してくれない場合は。

だが、部屋にいる兵士たちは襲ってこない。バエルの勅令で葛城と戦うことを禁止されているのだという。実に不思議だ。銀座ではあれだけの兵力を投入して葛城を殺そうとしたのではなかったか。

罵詈雑言を浴びせられるばかりで、有用な情報はまったく得られない。たとえば、せいぜい無駄なあがきを続けるがいい、とか、イシュタルの転生体の肉を集めたところで必ずもとに元に戻るとは限らない、とか、貴様などバエル様の足元にも及ばぬ、とか好き放題言ってくれる。お前に話すことなどない、と追い出されるパターンも多い。

最上階の5Fでは、兵士たちの頭領らしき男がいる。だが、バエルの姿はない。男の話では、バエルはすでに新宿に移ったという。いったいバエルの目的は何なのか。とにかく、ここにいても進展はない。別の場所を探索しなければならないようだ。

邪悪なる儀式

バール教総本山ではたいした収穫がなかったが、生贄を集めているという上野神殿では、何か得られるかもしれない。ここが次のターゲットである。

まず、1Fにある怪しい小部屋をあたってみよう。そこには、ミレニアムの信者らしき人々がいる。彼らの話を信じれば、上位者であるという。上位者といえば、とくに強力な結界に守られた上層エリアで、マイトレーヤの側近く使えて暮らすことを許されたエリートたちのはず。だが、彼らはそのエリアで悪魔に襲われ、気がついたらここに閉じこめられていたのだとか。ここで思い出されるのは、ミレニアム4Fでの出来事だ(第5章参照)。あのとき、葛城のANSは確かに悪魔の生体反応を捉えていた……。

彼らは助けを求めてくるが、どうするかはプレイヤー次第。3人とも助けると、属性がLIGHTに傾く。助けなければ当然そのままだ。解放された信者たちはミレニアムに戻っていく。それにしても、彼らの取り乱し具合。精神の修練を積んだ人間のようにはとても見えなかった。

ここからが探索の本当のスタート。だが、一筋縄ではいかない。上野神殿は広大な迷宮になっているのだ。一方通行の道、複雑な転送地帯の連続、そして落とし穴。落とし穴で地下に落ちると、ダメージゾーンと悪魔たちが歓迎してくれる。正しい道を探すのは困難を極める。これまでのダンジョンの中でも、最悪の部類に入るだろう。まずは、鬼女ラミアと地霊レーシーがうんざりするほどうろついている道を抜けて階段を上るのが、正解に近づく第一歩だ。それ以後も道をひとつでも誤ると途中から、場合によっては最初からやり直しになる。

邪鬼牛鬼、外道ダークネス、妖獣ガルムや幽鬼ノスフェラトウなどを蹴散らしつつ、上を目指す。正しい道を進めれば、4Fに出られるだろう。そこはだだっ広いエリア。動く床によって強制移動させられてしまう厄介なところだ。どこが起点でどこが終点なのか、前へ進むのかそれとも横へ移動するのか、見ただけではまったく判別がつかない。予測もほとんど不可能。実際に足を踏み出して確かめてみるしかないのだ。悪魔が出ないのが救いだが、かなり足止めを喰らうだろう。ストレスがたまること請け合いである。

最上階の5Fには端末があって、ターミナル回線とリンクしている。ここのボスはなかなか強いので、事前にセーブしておく方が無難だ。邪鬼ラクシャーサどもを屠って、中央の広間へ。

上野神殿を支配するのは、バエル直属の部下である魔王バルベリスだ。こいつの命令で多くの生贄が犠牲になっているのである。一行が部屋に踏み込むと、バルベリスは不敵な笑みを浮かべて待ちかまえていた。「無力な生贄どものあがきを見るのも、少々飽きてきたところだ」。そう言ってバルベリスは魔剣を構えた。バルベリスが望むのは、戦いの果てに響く断末魔の叫びと、飛び散る血と肉である。どちらかが斃れるまで、死闘はやみそうになかった。

バルベリスは、さまざまな記録や、悪魔と人間との間で交わされた契約書を保管する、地獄の公文書館を司るとされる元智天使で、馬に乗り、王冠をかぶった姿で現される。人間を殺人、いさかい、論争、冒涜などに導くという。

魔界で鍛造された装備に身を包んでいるだけに、防御力はかなり高い。当然体力もかなりのもの。やはり長期戦を覚悟しておいた方がいい。バッドドライヴやサイコブラストも繰り出してくるが、これはたいして怖くない。こちらからの攻撃に際して、魔法剣の追加効果と補助魔法に期待するのはいつも通り。ボスは地道に攻撃するしかないのだ。

斃すと、このままではすまさぬ、と言ってバルベリスは何か呪文を唱えた。その途端、葛城たちは身体が宙に浮くような感覚を味わった。だが、それは一瞬のことにすぎなかった。奈落の底へと落下し始め、意識を失ってしまったからだ。

目覚めると、相馬がいなくなっている。ニュートンは無事だ。どうやら地下に叩き落とされたらしい。そこは、生贄を捧げる祭壇が中央にしつらえられた部屋だった。ここで儀式が行われるらしい。おびただしい数の、血を抜き取られた死体がうずたかく積み上げられ、耐え難い死臭が満ちみちていた。一刻も早く立ち去りたい場所だ。

部屋を出てすぐのところに、瀕死の男が転がっている。服装から見て、この男もミレニアムの上位者だったのだろう。そこへ、向こうから誰かやってくる気配。相馬だった。彼も無事だったのだ。

相馬は、男を見るとすぐに手当をしてやった。だが、依然として危険な状態のようだ。それでも、男はかろうじて喋れるようになったらしく、苦しい息の下から、ミレニアムには気をつけろ、と言い、49702という謎のコードを口にした。

相馬があたりを調べている間、葛城が男を介抱してやるが、もはや声を出す力も残されていないようだった。かすれた声の中から苦労して聞き取れたのは、「ミレニアム」や「鏡」という言葉の断片だけ。男はついに力尽き、息絶える。

戻ってきた相馬は、奥の部屋にあったという魔法の宝玉でパーティーを全快させてくれる。その部屋にもまた祭壇があり、葛城が倒れていた部屋と対になっているらしい。ふたつの部屋をつなぐ道の真ん中には分岐点があり、そこを折れて進むと、鉄格子にぶつかった。近くの壁に埋め込まれたスイッチを押せば開きそうだ。鉄格子の奥には凶暴そうなドラゴンがいるが、葛城たちにためらいはない。

スイッチを押すと鉄格子は上に引っ込み、通ることができる。待ちかまえていた邪龍ピュトンと戦闘。だが、バルベリスすら斃した葛城たちにとってはザコ同然だ。さらに先へ進み、出口らしきところから1Fへ。そこは、神殿の入口付近だった。ここで、相馬が思い詰めた顔で葛城に話しかけてくる。

ほかに捕まった人がいないか捜しに行ったとき、生き別れになったキョウコという女性の消息の手がかりを見つけたのだという。早く行かないと、捜すのがさらに難しくなり、二度と会えなくなってしまうかもしれない。相馬は、パーティーを離れる決心をしていた。

彼が抜けることの戦力ダウンは計り知れない。これから先強大な悪魔を相手に渡り合っていく際、生き残れる可能性にもずいぶん影響するだろう。だが、相馬もそんなことは先刻承知している。それでも、行かなければならない目的を見つけてしまったのだ。もう十分すぎるくらい、自分の目的を手伝ってもらった。これ以上彼を縛りつけておくことは、できなかった。それぞれの道を歩むときが来たのだ。

相馬の申し出を承諾する。いつか再び出会えて、そのときまだ葛城の旅が終わっていなかったときは、必ず手伝うと約束してくれた。そして、「ごめんな、葛城」というセリフを残して、相馬は去っていった。

入れ違いに、ひとりの女性が入ってくる。泪である。泪は、またもや謎めいた質問を投げかけてくる。「私のことが好き?」「私を殺せる?」「私のために死ねる?」。どういう意味なのか、真意がまったくつかめない。そして、泪は入ってきたときのように突然去ってしまうのだった。

ところで、バルベリスの呪文によって墜落するシーンを見て、ピンときた方もいらっしゃるのではないだろうか。この展開はおそらく、コンピュータRPGの金字塔と呼ばれる古典的名作WizardryシリーズのシナリオII、「ダイヤモンドの騎士」へのオマージュになっている。

リルガミンの王女マルグダと弟のアラビク王子が魔人ダバルプスと戦い、ダイヤモンドの騎士となったアラビクの聖剣ハースニールが魔人の首を切り落としたとき、ダバルプスは最後の力を振り絞って、呪いの言葉を発した。戦いの舞台となったリルガミン城は崩壊し、そこに口を開けた呪いの穴がアラビクと、そして精霊神ニルダの杖をも呑み込んだ……。ここから冒険者たちによる呪いの穴の探索が始まるわけだが、制作者の人がこのストーリーを知らなかったとは考えにくい。Wizardryは日本のRPGゲームに多大な影響を与えているからだ。ひょっとすると、鈴木大司教もApple II版にハマったクチかも。

さて、旅を続けよう。また連れはニュートンだけになってしまった。上野神殿を出てすぐのところで、以前早坂の服を売りつけようとしたあの男に、再び会う(第5章参照)。男は、秋葉原に店を構えたことを告げると、あっけなく去っていく。たまたま出会ったというわけでもなさそうだ。なぜ、葛城がここにいることがわかったのだろう。同業者のネットワークでもあるのか。それに、わざわざ知らせにきた理由も謎である。ひょっとしてこの男は、東京中を宣伝して回っているのだろうか。命がけで。

今回はここまで。続きは次回。


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