本編とはひと味違った角度から、比較的ラフに、「偽典・女神転生」を切っていこう、というのがこの追補Aシリーズのコンセプトです。最新のトピックを幅広く採りあげるのが特徴で、その内容が本編にフィードバックされる場合もあります。
振り返ってみると、本書のパイロット版を出したのは、'98年3月末のことである。第3版でいえば、第1章と第2章にあたる部分が対象だった。ストーリーをできるだけ簡潔に書き、途中で何か気の利いたコメントでもつけていこう、というおおざっぱなコンセプトに基づいていた。もう忘れてしまったが、そうした構想はその年の初めごろからあったようである。
本格的に始めたのが、'98年5月初頭。おもしろいことに、書き進めていくうちに考えが変わってきた。ストーリーを書くのがメインならば、ただのネタバレに終わってしまう。そこで、脱線しまくってあれこれ余計なコメントをつけ、それをメインに据えたほうがいい。そう考えるようになった。
「偽典・女神転生」は、制作者のマニアックさを反映して、かなり凝ったシナリオになっている。だから、各イベントの神話的な背景に触れていくだけでも、けっこういろいろ書ける。というわけで、すでに公開した部分もふくめ、あとから見直してみて気づいたことなどを盛り込んでいった。
しかし、その方針転換のおかげで苦労もした。当初、けっこう軽い気持ちで書き始めたときは、『幻想世界の住人たち』等"Truth In Fantasy"シリーズ(新紀元社刊)ほか数冊を参考にして、4回くらいで終わるつもりだった。が、自分の見通しの甘さを思い知らされるハメになる。結局、完成したのは'98年11月末。執筆開始からまるまる7ヶ月もかかった。しかも、全11回、原稿用紙換算で300枚そこそこという、予想外の量に達していた。本も大幅に買い足さなくてはならなかった。
従来までの真・女神転生シリーズとは違い、偽典ではLAW対CHAOSの対立軸を鮮明に打ち出すことはせず、対バエルという大きな背景設定を置いている。だから、出現する悪魔もオリエントにルーツをもつものが多く登場する。また、イベントもオリエントなネタが散りばめられていた。
調べるのが大変だったのは、これらのせいだ。たとえば、「バールハダド」といわれて「ああ、あれか」とすぐにうなずけるひとは、そんなにいないはずだ。というより、ほとんどゼロだろう。だから困った。このネタに関しては生体エナジー協会代表から貴重なアドバイスを頂き、それが突破口になったのだが。また、「アドニスはバール神の分霊だ」という渋谷の調査官のセリフ。たいていの人は聞き流すだろうこの個所で、「それはなぜか」を考え出すと、けっこう厄介なのである。
それとは別に、制作者がはっきりと理由づけをしないまま話を展開している部分があって、これも困った。たとえば、高天原へと通じる通路のイベント。神話的な背景はわかっても、誰があそこに岩を置いたのか、という疑問を解き明かすには、ヒントがなさすぎる。ひょっとして制作者は、たんにおもしろいからイベントを置いただけで、あまり深くは考えなかったのかもしれない。
なお、当時の第8章からは、スタイルシートを導入した。文章が長くなってきたため、見やすさに配慮しようと思ったのである。
その後、第2版の執筆に着手した。終わったのは、'99年11月半ばごろのことである。途中2ヶ月ほど公開が中断したり、3ヶ月ほど更新しなかったりしたこともあって、十分に改訂できたとは言い難かったが、一区切り付けるという意味で、全編がスタイルシート対応になった時点で完成とした。分量は、原稿用紙換算で、本編が約430枚。追補も合わせると、490枚くらいになった。初版から、50%ほど増えた計算になる。
増量の大半は、ストーリーの記述を詳細にしたことによって稼ぎ出した。本書を見て偽典をプレイしたくなったという方もいらっしゃったため、読んだだけでもなんとなくゲームのイメージが湧くような形にしたいと考えたからである。とはいえ、偽典の妖しさというかおどろおどろしさというか、そういった雰囲気までも伝えることは至難であった。
一方、独自の分析もけっこう増やした。筆者として愛着があるのは、こちらのほうである。およそ誰も疑問に思わないような事柄をことさらに取り上げて疑問視し、そこにもっともらしい理由をつけて悦に入るという、解釈論の典型を示したといえる。問題はそれを読者のみなさんに楽しんでもらえたかだが、中途半端にやるよりは徹底して突き抜けたほうがまだ救いがあるだろう。
ほかにも、他の研究者の方々による、最新の研究成果を盛り込んだ。会話データの解析結果や、属性の変化、悪魔の出現データなどである。初版完成後もこれだけ新しいデータが出てくるとは、はっきりいって予想していなかった。
初版のあとがきで述べた構想で、第2版に結実したのものとして、序章の追加と参考書籍の公開がある。これに対し、実現できなかったものとして、終章において全体を振り返った部分を補章という形で独立させること、そして追補Bでアイテムの解説をすることがある。また、改訂は当時の第7章までが中心だったため、それ以降の部分はほとんど手を入れられなかった。まだまだ道半ばだったのだ。
というわけで、第2版完成直後に考えていたのは、未完の企画を完結させ、Windows版にも対応した、第2版改訂版の公開である。しかし、諸般の事情により、それは叶わなかった。これまでのような更新が、かなりの長期にわたって、できない見通しになったからだ。そこで、急遽第2版補訂版を上梓することに決めた。
第2版補訂版は、第2版と比較して、当時の第8章を改訂し、追補編を加筆したほか、あちらこちら手を加えて必要最小限の補足を行った点に違いがある。'00年2月下旬に公開されたそれは、ずいぶん長い間、放置されたままであった。第3版が芽を出し始めたときには、すでに2002年になっていた。
パソコン版の女神転生が出る、ということを最初にアナウンスしたのは、たぶん鈴木一也氏である。『真・女神転生RPG 基本システム』のデザイナーズ・ノート(あとがき)で、その構想を明らかにした。'93年夏のことだ。
その後、ゲームのタイトルが「偽典・女神転生」になることが決まった。旧約聖書には正典のほかに外典と偽典があり、それらは正典からはやや異端とされたエピソードなどから成っているのだが、それにならって名付けられたのである。そこには、真・女神転生シリーズの流れをくみつつも、それに囚われない、もうひとつの物語を作るという決意が込められていたのだろう。
当初の発売予定は、'95年中だった。が、何度も発売日が延期され、ようやくお目見えしたときには、'97年4月になっていた。開発が始まってから、3年以上も経過していた。途中で中止にならなかったのが不思議なくらいだった。
時あたかもWindows 95の全盛期。それなのに、偽典はMS-DOS用ゲームで、しかもPC-98x1シリーズでのみ動作するというシロモノだった。たしかに、DOS用ゲームでもかの名作Quakeのように、多くの人々を熱狂させたものもないではない。しかし、あれはDOS/V、こちらはPC-98x1用DOSである。640×400ドット、4096色中16色のグラフィックにFM音源。いちおうMIDIにも対応していたものの、動作環境が制限されていたため、事実上鳴らないに等しかった。Windows用ゲームと比較して、あまりにも貧弱だったのである。
それでも、偽典は人気を得た。形式の貧弱さを、内容が補ってあまりあるものだったから。壮大なシナリオ、掟破りのイベント、さらには緻密な悪魔との会話システムなど、どれをとってもメガテンフリークをうならせる内容に仕上がっていた。なかでも特筆すべきは、やはりシナリオだろう。大破壊後の東京で、強大な悪魔たちと、それらに必死で抗おうとする無力な人間たちが描き出されていた。そのディープさは、本家の真・女神転生シリーズに勝るとも劣らないものだったといえる。
その人気を示すエピソードがある。今はもうなくなってしまったが、『Fan of The DDS-NET』というWebサイトでは、偽典の発売前から、掲示板で偽典の話題を扱っていた。それが、発売されるやいなや、ものすごい量の書き込みに見舞われ、それに対応すべくコンテンツが整備されていったのである。偽典の情報系サイトとしては、ここがパイオニアだ。その役割は、のちに、『偽典・女神転生の攻略』へと引き継がれることになる。
これだけのゲームなのに、Windowsで動かない。このことを残念に思い、移植を望むユーザーが出てくるのも、当然の流れだった。かくいう筆者も、そのひとりである。Falcomの名作『イース』や『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』がWindowsに移植されていたということもあり、パソコン版の女神転生が広く認知されるためには、Windows版を出すことが必要だ、と主張した('97年12月)。
そして、移植するからには、いろいろ改良してもらいたい点がある、として次のようなことを挙げていた。まず、グラフィック。800×600ドット、256色ぐらいの基準で全部描き直すべき、と述べた。次に、サウンド。曲はもちろんMIDIで、効果音はPCMでかっこいいものにしてほしい、と注文をつけた。
また、シナリオについても提案しておいた。ヒントを増やし、ボツイベントを復活させ、さらには全体を整理してつながりをよくすべきだ、と。加えて、アイテムと悪魔についても整理・追加が必要だとした。アイテムはいらないものがたくさんあったし、悪魔も、種族によって多すぎたり少なすぎたりしていたからだ。
そしてもちろん、バグフィックスの重要性も指摘しておいた。それまでに相当な数のバグが報告されていたためだ。製品への信頼性を失わせるから、移植の際には十分注意してほしい、とまで言ったのである。
こうしたユーザーの声に押されたのか、はたまたはじめから決まっていたことだったのか、ご承知のとおり、偽典はWindows 95/98に移植されることになった。しかし、ふたたびファンはお預けを喰うことになるのである。
Windows版偽典の発売日は、最初'98年11月27日という、具体的な日付が挙げられていた。ところが、'99年1月末に延期になり、その後もさらにずれ込み、'99年6月の段階で、同年秋発売というスケジュールがアナウンスされた。その年の東京ゲームショーにも出品されたようである。にもかかわらず、'99年10月になって、「リリース時期未定」となった。つまり、リリースの予定そのものが、白紙撤回に近い状態におかれたのである。この時点で、年内のリリースは絶望的と思われた。
しかし、11月に入ると、急遽'99年冬にはリリースされることに決まった。そして、実際に'99年12月22日、Windows版偽典は登場したのだった。
どうして、これほど発売が遅れたのだろうか。プロデューサーの鈴木一也氏が自ら語ったところによると、Windows版の開発担当者が引継をせずに辞めてしまったせいで、開発が難航したのだという。噂によれば、開発を委託した会社でプログラマーと経営者の間にトラブルが発生したことが、辞職の原因だったようだ。
ファンの期待を集め、ようやく世に出たWindows版偽典であったが、それは、必要最小限の手直しを加えたのみの、ある意味での「完全移植」だった。つまり、欠点やバグもそのまま残っていたのである。さすがに制作者側もこれではまずいと思ったのか、シナリオ上のハマリに遭わないよう、フローチャートを添付したのだが。
しかし、移植により、新しい欠陥も生まれた。代表的なものは、固定悪魔との戦闘時に、適切なウェイト処理が入らないというものである。鈴木一也氏は発売前、Windows版では戦闘時のゲームバランスが調整されている、と述べていた。それを聞いたユーザーたちは、てっきり悪魔のパラメータが変更されているものと思っていたが、そうではなかったのだ。
シナリオが変わらなかったところも、不評だった。ただ、そこまで手が回らないと、制作者側には最初からわかっていたのだろう。移植に鈴木一也氏はタッチしなかったという。
それでも、Windows版偽典は、ふたたび人気を得たのである。『偽典・女神転生の攻略』に膨大な量の書き込みがあったことから、それをうかがい知ることができる。また、ファンのサイトも増え、多くの情報が発信・蓄積されることにもつながった。
今後、偽典の続編が出ることは、はたしてあるのだろうか。これまでの経緯を振り返ってみるかぎり、可能性はかなり低いと言わざるを得ない。が、かすかな希望はある。鈴木一也氏は'02年、『新世黙示録 - Sin Apocalypse -』なる本を世に送り出した。これで、TRPG関係の仕事は一区切りついたはずである。そうすると、次はコンピュータ・ゲームの制作に取りかかるかもしれない。氏にとって、TRPGの制作とコンピュータ・ゲームの制作は、車の両輪とでもいうべきものだからだ。願わくは、そのコンピュータ・ゲームが偽典の続編であってもらいたい。
ボツグラフィックを研究することも、偽典の楽しみかたのひとつである。ここでは、FC5010.BINというファイルに収められた時計台のグラフィックをもとに、話を膨らませてみよう。
かつては、この時計台の正体がよくわかっておらず、Web上で一時話題になった。筆者は、御田急ハルクの時計台だろうと推測していたのだが、当たっていた。この時計は実在し、『カリヨン時計』というらしい。
さて、時計の針に注目してみよう。8時15分を指して止まっているように見える。大破壊の際、爆発の衝撃によって止まってしまったのだとすると、これは大破壊の時刻を示していることになる。
以前、筆者はこんな風に思っていた。新宿爆心地に突き刺さったICBM(大陸間弾道弾)は、アメリカ本土から飛来したものであり、日本の情勢をにらみながら夜を明かした米軍司令部が発射した。ニューヨークと東京の時差は14時間なので、日本に落ちたのは午後8時15分である。そして、大破壊を予期していた人々は昼間のうちにシェルターに逃げ込み、残された人たちは、仕事や学校が終わって、開放感に浸りながら何も知らずに街を歩いているときに、核ミサイルに見舞われたのだ、と。
が、これはぜんぜん正しくなかったのである。まず、バックグラウンド・ストーリーには、『トールマンは、今際の際に原子力潜水艦の核ミサイル発射命令を出す』
とちゃんと書いてある。この原子力潜水艦は、日本近海にいた可能性が高い。だから、時差を問題にするのは意味がないのだ。
そのうえ、午前8時15分を指しているという決定的な証拠が、発見された。実はこの時刻に、広島に原爆が投下されたといわれているのである。となると、このグラフィックがボツになったのは、必要もないのに広島の悲劇を想起させる点がマーケティング的にNGだったからじゃないか、とも思える。ここは大事なところなので、もう少し詳しく述べてみよう。
そもそも、どうしてボツグラフィックのデータがわざわざ残されているのだろうか。おそらく、完成直前で削ったからだろう。そうしたデータのひとつに、倒壊した高速道路のグラフィックがある。これと、針が止まった時計台の2つから、何が連想されるだろうか。関西出身のひとなら、ピンときたかもしれない。
そう、阪神・淡路大震災である。テレビの特集などでかの震災を振り返るとき、燃える神戸の街と並んで象徴的に取り上げられるのが、まるで沈まないといわれていたタイタニックが沈んだように、倒れない倒れないといわれながら倒れてしまった高速道路と、午前5時46分で止まってしまった時計である。ここで思い出されるのは、黄泉で大国主が「魔震災」という言葉を使っていたことだ。制作者は明らかに、阪神・淡路大震災とICBMによる大破壊とをオーバーラップさせていたのである。
とはいえ、ゲーム業界もいわば客商売、売れてなんぼの世界。偽典は全国で販売されるわけだから、震災によって被害を被った人たちが不愉快になるような内容は避けよう、という考えが販売サイドに働くことも、十分考えられる。同様の理由で、広島の悲劇の記憶と結びつくようなグラフィックもアウトだ。
たとえば、真偽のほどは定かではないが、『FinalFantasy VI』から天野喜孝氏を外したのは、パッケージイラストを「子どもが怖がるから」という理由だったという(本当はお金が絡んだ話なのかもしれないが)。コンシューマー機向けのゲームと単純に比較はできないものの、こうした自主規制によって、ソフトの完成直前にグラフィックを削ることになった、という可能性はあるだろう。つまり、制作サイドはそのままやろうとしたのだが、販売サイドから待ったがかかって、やむなくボツになった、というような。
以上はあくまで推測だが、これが正しいとして、アスキーがとった態度が間違っていた、とまではいえないだろう。万が一クレームによって販売中止にでも追い込まれたら、大変なダメージになるからだ。しかし、適度な毒を持っていることが女神転生シリーズの魅力でもあることからすれば、過度の自主規制は自分の首を絞めることになる。
そうした例を、本家である真・女神転生に見ることができる。なぜ、これほど長い間、『真・女神転生III』が作られなかったのか。ここにも、マーケティング的な観点から自主規制した疑いがあるのだ。
『真・女神転生II 悪魔大辞典』(宝島社刊)に「創造主たちかく語りき」という企画がある。これは、アトラスの開発スタッフに、著者の成沢大輔氏がインタビューするというもの。その冒頭で、『真・女神転生II』プロジェクトチームのリーダーである岡田耕治氏が、次のようなコメントを述べている。
「今回『II』に関してはユーザーの方に迷惑をかけてしまった部分も多いので、その辺の謝罪をさせていただきます。」
曖昧な言い方だ。たんに、発売の遅れやバグがあったことを詫びたものなのだろうか。が、それならそれと言ってもよさそうなものだ。
筆者は、『II』のラストでY.H.V.H.を斃す展開になっていたことを指しているのではないか、と考えている。そもそも、神も悪魔も一緒くたにして、殺したり合体させたりするゲームというのは、アニミズム的な文化をもつ日本だからこそ成り立つのである。たとえば、アメリカでこういうゲームを出すのは難しいだろう。
とはいえ、日本人の中にも熱心に特定の宗教を信仰する人々はいるわけで、そういう宗教の中にはキリスト教系のものもたくさんあるはず。そうした人々が、自分たちの信仰する神様をブチ殺してしまうようなゲームをプレイできるだろうか。それに、自分でプレイしなくても、そういうゲームがあるというだけでも不愉快だろう。
すると、マーケティング的には、そうしたゲームはなるべく出さないほうが賢い。不買運動でも起こされて、それがメディアに取り上げられでもしたら大変である。アトラスが女神転生と心中するつもりなら別だが、プリクラの成功で株式の店頭公開も果たしたことだし、もう一段上を狙うならば、潜在的なユーザーを減らすようなマネはしたくない。というわけで、当たり障りのない外伝(サマナーやペルソナ)は出ても肝心の『III』は待てど暮らせど出ない、ということになるわけである。
ただ、この意見はオウム真理教事件の影響を否定するものではない。あれ以来しばらくは、オカルト的なものを表現しにくくなったのは事実だろう。が、岡田氏が謝っていたのは、事件以前のことなので、前述の推測は、別に成り立つ。
そうこうしているうちに、プリクラのブームは去った。他方で、ゲーム市場は成熟し、ゲームが以前ほど売れなくなってきた。さすがのアトラスも、そろそろヒット作を飛ばしたいところだろう。旧作のリメイクも悪くはないが、やはり『真・女神転生III』という魅力的な新作にはかなわない。なのに、自主規制の壁がそれを阻んでしまったのだ。
今こそ、その壁を取っ払って、斬新で、しかも「深い」物語を見せてほしい。最近はストーリー性よりも「キャラ萌え」のほうがウケるそうだが、「深い」ものを求めるユーザーも少なくないはず。そうでなければ、偽典はもっと売れていなかっただろうから。
偽典の主人公である葛城史人と、ヒロインの橘由宇香は、開発段階ではそれぞれ
ここには、制作途中でストーリーを大転換した痕跡を見出せる。相馬小次郎は、コミック版『真・女神転生 東京黙示録』に登場する、平将門の転生体である。となれば、その血縁者である相馬雪彦も、将門公の分霊を受け継いでいるという設定になっていたと推測できる(これは相馬三四郎も同じ)。当初の予定では、相馬三四郎とラストで合流し、将門の分霊を内に秘める者どうし手を結んで、バエルを斃すという展開になっていたのかもしれない。
しかし、相馬雪彦は葛城史人へとその名を変え、将門公ではなくバール神の分霊を継承するという設定になった。ここで初めて、バプテスマのヨハネと話を絡めることができるようになり、そうすることで、ガブリエルら唯一神の勢力もストーリーに加わり、より複雑でおもしろい展開になった。もし、バール神対将門公という構図なら、こうはいかなかっただろう。
そして、唯一神のラインとつながったことで、筆者の、葛城は「もうひとりのメシア」だという説も唱えられるようになったのである。まったく、設定変更さまさまだ。ただ、できればストーリーの中で、「もうひとりのメシア」という点を明確にしてほしかった。そうすれば、ファニエルのエピソードとガブリエルのイベントをつなげるといったこともでき、より深みのある作品に仕上がったとおもう。
以下の内容はDOS版に関するものであることを、最初にお断りしておく。また、このトピックについては、「偽典・女神転生の攻略」内にある、「実験情報II」も参照していただきたい。
さて、偽典では本来MIDIで音楽を聴けるはずだが、シリアルポート接続ではだめ、RolandのSuper-MPU(S-MPU)を用意しなさい、と要求される環境はけっこう厳しい。仮想ドライバでシリアルポートを強引にS-MPUとして認識させる、という技もあるようだが、ほかのドライバとの相性の問題か、ゲームが頻繁に落ちてしまう。
しかし、せっかく増子司氏が作曲した音楽を聴けないのは惜しい。そこで、プレイ中鳴らすのは諦めることにし、なんとか曲だけでも聴こうと、以下の方法を考えてみた。
偽典がインストールされたDDS98ディレクトリにある、SM000.BINからSM017.BINまでのファイル。BINという拡張子だが、実はたんなるスタンダードMIDIファイルなのだ。だから拡張子をMIDに変更すれば、Windows用のソフトからも扱える。
ただ、ヘッダがふつうとちょっと違うらしく、ソフトによっては音が出ない場合もある(特定のソフトが吐き出したものなのかは不明)。たとえば、"TMIDI Player version 3.8.6 (release)"にファイルを読み込ませてみると、『ERROR:ファイルが途切れています/チャンクの構造が不正です』
と怒られてしまう。
市販のソフトなら、たぶん大丈夫。筆者の知っている範囲でいうと、"Singer Song Writer 4.0 V4.02.f"では問題は発生しなかった。それから、シェアウェアだと、"Music Studio Standard Version 3.00"。「SMF読み込みの設定」を『エラーを無視して読み込む』に設定するだけでOKだ。なお、ちゃんと読み込めさえすれば、音がおかしくなったりすることはない。
ところで、これらのMIDIファイルは、すべてGM規格(Level1)である。つまり、S-MPUをわざわざ要求するほどの特別なものではないのだ。なんでシリアルポートじゃダメなのか理解に苦しむ。せっかくいい曲なのに。FM音源用の曲も、貧弱な音源のわりにはかなり頑張っているが、さすがにMIDIにはかなわない。GMオンリーとは思えない、出色の出来だ。ちなみに、Windows版では音色などが一部変更されているようである。
最後に、どんな曲があるのか紹介しておく。各タイトルは、ET0040.BINに記述された、曲名らしきものを順番に当てはめた。いちおう、符合していると思うのだが、『ちょっとボサノバ』はSM00Cのほうがふさわしいんじゃないかとか、やや自信のないところもある。SM007の『邪教の館』や、SM00Dの『バトルヘビメタ』あたりは、間違いないと断言できるんだけれど。
残念ながら、ほかの曲のタイトルは判明していない。ひょっとしてファイル中に含まれていないかと思って調査してみたが、見つからなかった。ただ、クレジットからは、SM011までは'95年に制作された曲で、それ以降は'96年に制作された曲だとわかる。そこから推測するに、増子司氏に'95年に制作を依頼した曲については、あらかじめタイトルを決めて注文したのだが、'96年に依頼したときはそれをしなかったのではないか。つまり、SM012以降の曲には、そもそもタイトルが付いていないんじゃないかと思うのだが、どんなものだろうか。
ファイル名 | 曲が流れる場面 | タイトル |
---|---|---|
SM000 | 2Dフィールド、会話チェック | 『壊れた街を行く』 |
SM001 | バーチャダンジョンなど | 『ヴァーチャル3D』 |
SM002 | 母なる金星、イシュタルの槌、エンディングなど | 『イシュタルの下僕』 |
SM003 | 原宿シェルターなど | 『サイバーパンク』 |
SM004 | お茶の水シェルター、市ヶ谷シェルターなど | 『シェルターの日常』 |
SM005 | オープニング、ターミナル、鬼子母神など | 『墜ちたる者』 |
SM006 | ダンタリオン初回遭遇時、アバドンの部屋など | 『ダークサイド』 |
SM007 | 邪教の館 | 『邪教の館』 |
SM008 | マイシテー、銀座ほか多数 | 『レジスタンス』 |
SM009 | 戸山シェルターの平沢研究所、六本木 | 『ちょっとボサノバ』 |
SM00A | 悪魔出現直後の初台シェルター | 『チャレンジ』 |
SM00B | 初台シェルターなど緊急時 | 『てぇへんだ』 |
SM00C | 地下鉄の駅多数、御田急ハルクなど | 『ティンパン』 |
SM00D | 戦闘シーン | 『バトルヘビメタ』 |
SM00E | ペンタグランマ基地、秋葉原など | 『グリスべっとり』 |
SM00F | 壊滅後の初台シェルター、上野神殿など | 『暗い道』 |
SM010 | 精神世界、渋谷など | 『ミスティ』 |
SM011 | 地下鉄線路移動中 | 『長き道のり』 |
SM012 | ミレニアム潰滅後など | ??? |
SM013 | 魔法の宝箱、泉、由宇香のヴィジョン | ??? |
SM014 | 対ボス戦 | ??? |
SM015 | 大歓楽街など | ??? |
SM016 | バエル城最上階 | ??? |
SM017 | レベルアップ時 | ??? |
初台の自室にある端末からは、たくさんの情報を引き出すことができる。とくに、〔通常情報〕や〔DB専用情報〕は、面白い情報の宝庫である。が、これらの情報がストーリーとどう絡んでくるのかは、すでに本編の各章で触れている。そこで、ここではやや重要性の低い、いわば小ネタを扱うことにする。
まず、ネットワークを立ち上げたときのメッセージに注目してみよう。「Shelter Server "ADAM-23" Copyright(c) 2012 by University Network System」
とある。ここからわかるのは、2012年に作られたソフトだということだ。
ちなみに、偽典の時代設定は、大破壊後、「シェルター生まれの世代が戦えるぐらいの年齢になる頃」
であった。ぼかした言い方だが、大破壊が起きるのが199X年なので、だいたいそれから20年後として、201X年となる。すると、2012年というのは、ちょうどいい設定に思える。
しかし、199X年が'90年代後半だと考えると、201X年は2010年代後半ということになるわけで、この仮定によれば、2012年から数年間はサーバシステムが更新されていないことになる。もちろん、回線を簡単には増設できないので端末がキャラクタベースになっているというふうに見れば(第2章4節のコラム参照)、システムが更新されていなくても、ちっともおかしくないともいえるが。
次に、"ADAM-23"というシステムの名前も謎だ。たとえば、"Advanced Distributed Architecture of Message"の略だとか、そういうことだろうか。で、リビジョンアップを重ねて23番目のバージョンだ、と。もしそんなにシステムに手を入れているのなら、この名前はシェルターが完成した際にはすでに付けられていた可能性が高い。たぶん、管理部のメインコンピュータのほうは、"EVE"なんて呼ばれていて、対になってるんだろう。
あと、"University Network System"というのは明らかにインターネットを意識している。インターネットの前身ともいえるARPANETに最初につながったのは、アメリカの大学どうしだったのだ。おそらく"University Network System"は、非営利の研究機関で、Apacheみたいなフリーのサーバソフトを配布しているはずだ。
余談だが、シェルターのシステムは、悪魔からハッキングされたりしなかったのだろうか。対ウィルスプロテクトこそかけられていたものの(第5章5節参照)、DDMの一件を見る限り、メールの添付ファイルはちゃんとチェックされていなかったようだ。こんな脆弱なセキュリティだと、簡単に侵入を受けて、システムをダウンさせられそうに思えるのだが……。
さて、次のネタにいこう。〔DB専用情報〕には、【プログラム情報】が含まれている。アームターミナルにインストールされる基本的なソフトを解説したものなのだが、実はこれ、ヘンなのである。
たとえば、いきなりD.D.C.〈デジタル・デビル・コミュニケーター〉なんてのが出てくる。だが、実際に使うのは、D.D.C.じゃなくてD.C.S.だ。また、『オートマッピングシステム最新情報』の項目では、あきらかにANSとAMSを取り違えている。ANSが、自分の行動経路を記録するシステムになってしまっている。一方、AMSは周囲の壁をスキャンし、マッパーと呼ばれるんだそうだ。まったく逆である。しかも、AMSは〈オート・マップ・スキャナー〉の略だとされていて、これもおかしい。
こんなにメチャクチャになってしまった原因は、たぶん、制作初期の頃に入力したままほっといたからだろう。本当は最後にきちんとチェックしないといけないのだが。詰めの甘さを露呈してしまった。
ヘンといえば、端末情報からは離れてしまうが、プレイ開始直後からナビゲーションがはたらくのも、やっぱりヘンである。ANSがインストールされていないどころか、まだアームターミナルも支給されていないんだから。代々木労働キャンプや原宿シェルターのときのように、ナビゲーション画面は真っ暗になってないといけない。あえて説明をつけるとすれば、シェルター内だけではたらく簡易ナビゲーションシステムがあるのかもしれない。それでも、アームターミナルがないのにどこに情報を表示しているんだ、という問題は残るわけだが。
ま、たんにゲームバランスの都合なんだろうけどね。お粗末でした。
偽典の説明書には、プレイヤーキャラクターが使う魔界魔法(呪文)だけでなく、仲魔や敵悪魔が使う特殊能力(特技)にまで短い解説がついている。こういうことは、たぶん、ほかのゲームには見られないことだろう。が、さすがにゲーム中に登場するすべてを網羅しているわけではない。とくに、ボスキャラが使う特技は、伏せられたままだ。そこで、説明書に載っていない呪文・特技をピックアップしてみることにしよう。
呪文・特技名 | 解説 | 使用する悪魔の例 |
---|---|---|
マグラ | ブラックホールを出現させ、飛び道具や魔法を無効化する | 魔王ベルフェゴール |
サマパトラ | 凍結,炎上,感電,窒息,石化,毒,麻痺の回復 | 相馬三四郎が修得 |
盾 | 味方二人の防御力を上げる | 闘鬼スパルトイ |
カウンタアタック | 剣攻撃に対して、反撃体勢を取る | 兵士リュテナント |
六破羅 | 張り手の連続攻撃 | 鬼神タヂカラオ |
瞬間移動 | 瞬時に逃げ出すことが出来る | 妖魔ケウケゲン |
ノスフェラン | 味方をゾンビ化させて、不死身の軍団で戦う | 堕天使ガミジン |
エレキチャージ | 攻撃を仕掛けられると、電撃で反撃 | マシン・ビット・ボール |
うすら笑い | 特に無し | 堕天使ベリス |
あくび | 特に無し | 邪鬼・天逆神 |
高笑い | 特に無し | 魔人アドニス |
トルネード | 竜巻 | 降天使ヴェパル |
目をつぶる | 特に無し | 堕天使ムールムール_ |
行動予知 | 回避が高まる | なし |
分身 | 分身を作る | なし |
蛇走り | 蛇のように走る鞭 | 妖樹ダークウィロー |
蛇の舞 | 蛇のように舞う鞭 | 魔王バールゼフォン |
フロッグタン | バエルの舌攻撃 | 魔王バエル |
サイコブラスト | MPにダメージ | 降天使☆デカラビア |
バッドドライヴ | 精神攻撃で、幻覚を見る状態にさせる | 降天使☆デカラビア |
モルト召喚 | 凶鳥モルトを召喚 | なし |
腐乱の矢 | 猛毒で腐乱矢 | 降天使レラジエ |
不治呪縛 | 回復系魔法をダメージに変える | なし |
貫く矢 | 2体にダメージ | 降天使レラジエ |
五月雨矢 | 全体にダメージ | 降天使レラジエ |
火炎牙 | 炎の咬みつき | 堕天使アイム |
バーニング | 自ら燃え、相手全員にダメージ | 邪神クトゥグアー |
女神の微笑み | 男性をすべて魅了する微笑み | 地母神アシラト |
煉獄刃 | 炎の剣 | 魔王バルベリス |
ヴェノムブロー | 毒の尾による一撃 | 魔獣タムズ |
槍雷 | 雷の槍の一撃 | 魔王ベルフェゴール |
断頭剣 | 一撃必殺剣 | 魔王バルベリス |
一の槍 | 必殺の槍攻撃 | 魔人アドニス |
天鎚 | 天からの落雷攻撃 | 破壊神カルキ |
十言神咒 | 天照大御神の力 | 女神アマテラス |
シザーハンド | 巨大なはさみによる切り裂き攻撃 | 魔獣タムズ |
白犬の舌 | 白い犬の攻撃 | 聖獣・満月の犬 |
黒犬の舌 | 黒い犬の攻撃 | 聖獣・新月の犬 |
茨の鞭 | 棘のある鞭 | 鬼女ラマシュトウ |
黄金の手 | 触れる物を金に変える黄金の手 | 降天使ハアゲンティ |
超羽ばたき | 想像を絶する魔力をはらんだ翼の風 | 降天使ハアゲンティ |
テンペスト | 瞬間的に嵐を引き起こす | 魔王バール |
サクリファイアー | 炎に焼き、HPを奪う | 魔王バール |
聖王剣 | MPを奪う、聖王剣 | 魔王バール |
アクアピラー | 水圧で押し潰し、窒息させる | 魔王バール |
使用する悪魔の例については、悪魔の基本データだけを参照したわけではない。実は、「敵として出現した場合にのみ使用する呪文・特技」の設定があるのだ。こちらも参照した。それでも、行動予知、分身、モルト召喚、不治呪縛は見あたらなかった。ボツになったということらしい。なお、サマパトラを修得する悪魔がいるのかどうかについては、わかっていない。
最後に余談だが、瞬間移動と行動予知は、マグラの魔法と同じく『真・女神転生RPG 基本システム』が元ネタのようである。
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