朕は酷香である

 太陽王の名で知られるルイ14世、今更説明するまでもなく絶大な権勢を誇ったが、その生命力もまた大したもので、在位実に72年(1643-1715)、77歳で死去したが息子たちはとうの昔に亡くなっていたので王位は曽孫のルイ15世が継ぐことになった。誕生当時フランス駐在のスウェーデン大使が本国に宛て、「生まれた王子は並外れて逞しく、乳母が3人いても足りないほどである。これほどまで生命力に溢れた王子には世界は用心したほうがいい。」と書き送っているほどである。
 さて、そのルイ14世の侍医であったダカン氏、歯こそが人間の身体のうちでもっとも病気にかかりやすい箇所であり、歯をことごとく抜くことが病気予防の最良の手段であると考え、かの大王に対し本当にそれを実行した。しかもダカン氏の見事な手腕は歯だけでなく下顎と口蓋の大部分も一緒に取り除いた。ちなみに手術に麻酔は一切使われていない。おかげで大王は咀嚼がまるで出来なくなったために食べ物は全て丸呑みとなり、口蓋に大穴があいているためにワインを飲むとその半分ほどが鼻から吹き出すわ固形物がしばしば入り込んでそこで腐るわと酷いものであった。しかもその体内にサナダ虫が巣食っていたため毎日の食事の量もものすごく、その度に恐るべき構図が展開されるのであった。
 おまけに当時はからっぽの腸こそが健康の秘訣と考えられていたので、例のダカン氏を含めた侍医たちは毎日強力な下剤(「ブイヨン・プルガティフ」と呼ばれるものでその主成分は馬の糞尿とヘビの粉末と乳香)を処方した。その効き目は実に強力だったが、運の悪いことにベルサイユ宮殿には暗殺予防のためトイレが一切存在していなかった。記録によればこの大王がおまるに座っていたのは1日におよそ14〜18回程、勿論準備が間に合った場合だけである。体内からしばしば噴出されるこれまた強烈なる腸内ガスについてはもはや語る術もない。付け加えておくとさらに嘔吐などもよくあった様であるが、そんな些細なことなどもうどうでもよいであろう。
 そういうわけで大王とその周辺には想像を絶するような匂いが始終つきまとうことになったが、王ともなれば敬して遠ざける訳にもいかず、しかも実に迷惑なことにルイ14世の治世は長期に渡ったものだから、おフランスの高貴なる方々は強力な香水を大量使用して何とかこれに耐えようとした。かくして現在の香水大国フランスの基礎が築かれたのであった。
 最後に結びとして若干の科学的事実を付け加えておこう。スカトールやらメルカプタンやらといった成分があの手の匂いを形成しているのであるが、そうした成分は薄めることによってしばしば香水に使われたりもする。嗅覚が疲れやすい感覚である(ずっと同じ匂いにさらされているとやがて感じなくなる)ことを鑑みるに、何となく香水とやらの実態がつかめそうな気がしないでもない。

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