日付変更戦

 紀元前8年、自分の名を冠した月(8月)が先代のカエサルの名を冠した月(7月)よりも1日短いことに落胆したアウグストゥス帝は2月から1日削って8月に付け足してしまった。一方ブータン王国では今でも星占いで凶兆ありと判断された日を毎年暦から入念に削除している。
 しかしながら偉大なる大統領ワシントンはこのような改変は無用の混乱を招きかねないことをきちんと理解しており、1752年にユリウス暦からグレゴリ暦に移行した際、自分の誕生日の方を2月11日から2月22日に変えてバースデイ・パーティが無くならないようにした。
 こうした賢明な配慮にならったのか、1898年にスペインがアメリカに宣戦布告したとき、それに応じてアメリカがスペインに通告した宣戦布告の布告日時は3日ほど遡ったものになっていた。先に宣戦布告を行ったことにしてアメリカ人の勇敢さを世に示すというのがその意図だったらしい。

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