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カルタゴは第二次ポエニ戦争での賠償金を払い終わった年、侵攻略奪を繰り返していたヌミディア王国を攻撃した。これを知ったローマ、ただちにカルタゴに対して攻撃の中止と300人の貴族の幼児を人質に送ることを要求した。 この要求は受け入れられた。すると今度はカルタゴの所有する全武器、全船舶、全糧食のほとんどの引き渡しを要求した。これさえも受け入れられたので、今度はカルタゴ市の完全破壊と全住民の立ち退きを要求した。 とうとう戦争になった。カルタゴの攻囲は3年続いた。城壁が破られてなおカルタゴ人は必死の抵抗を続ける。業を煮やした総司令官の小スキピオは家屋を一軒づつ虱潰しに破壊した。全人口約50万のうち降伏したのはその10%ほどに過ぎない。 ローマはカルタゴ市だけでなくその領土も徹底破壊した。街は17日間燃え続け、生存者はすべて奴隷に売られた。あとには沼地しか残らなかった。 |